Episode 08:下りにすべてを賭けた
登りで置いていかれるたびに、
胸の奥がギュッと締めつけられるように悔しかった。
AE86は、どう考えても非力だった。
4A-GEUは気持ちよく回るし、フィーリングは最高だ。
でも、登りではどうにもならない。
この峠は狭い。
抜かれること自体は、ほとんどない。
だからこそ、勝負の基準は単純だった。
先頭を走っているとき。
後ろのクルマを振り切れたら勝ち。
振り切れなかったら負け。
後ろを走っているとき。
前のクルマに貼り付けるか。
それとも、引き離されるか。
それだけだった。
でも、現実は残酷で。
登りでは、ほとんどの相手に振り切られてしまう。
「登りは、もう無理だな」
そう思った。
この時点で、
登りで勝負することは諦めた。
その代わり、
下りにすべてを賭けることにした。

軽量化と、頭で探した速さ
非力なAE86を、少しでも速く走らせるために、
まず、軽量化を始めた。
リアシートを外した。
それだけで、15kg弱。
さらに、アンダーコートも剥がした。
本来は遮熱や防音のためのものだけど、
それも、10kg近くあるらしい。
合計で、25kg以上の軽量化。
たったそれだけ?
と思うかもしれない。
でも、当時の自分にとっては、
それが精一杯だった。
エンジンチューンなんて、できなかった。
バイトを掛け持ちしても、
稼いだ金は、すべてガソリン代とタイヤ代に消えていく。
とても、エンジンに手を入れられる状況じゃなかった。
だから、
「速くなる方法」を、頭で探すしかなかった。

ドライビングテクニックの解説本を、
片っ端から読んだ。
ブレーキング。
荷重移動。
ライン取り。
アクセルの踏み方。
でも、正直に言うと――
本に書いてあることをそのままやっても、
非力なクルマでは、思ったほど速くならなかった。
結局、
自分なりに工夫するしかなかった。
ブレーキは残さない
意識したのは、
とにかく“ブレーキを残さない”こと。
旋回ゾーンでは、
ブレーキから完全に足を離す。
ステアリングを切り増していく領域に入る前に、
ブレーキペダルから足を完全に離す。
タイヤに、
「曲がること」だけをさせる。

立ち上がりでは、
クルマの向きが変わってからアクセルを開ける。
無理に踏まない。
トラクションを感じながら、
じわっと開けていく。
それだけのことだった。
でも、このテクニックが、
不思議なくらいハマった。
少しずつ、
確実に、速くなっていった。
下りでしか、勝てない
登りでは、相変わらず勝てない。
でも――
下りでは、
一台、また一台と、
後ろのクルマを振り切れるようになっていった。
先頭を走っているとき。
後ろが、じわじわ小さくなっていく。
その瞬間だけは、
はっきり「勝った」と思えた。
後ろを走っているときも、
簡単には引き離されなくなった。
前のクルマのテールランプに、
貼り付ける時間が、確実に長くなっていた。
でも――
まだ、勝ってはいなかった。
それでも。
登りを捨てて、
下りにすべてを賭けたこの選択は、
間違っていなかったと、はっきり思えた。
確実に、速くなっている。
まだ誰にも勝てていないのに、
それだけは、なぜか分かった。
そして――
この峠のどこかにいる、
“別格”だと噂されるシビック EG6。
その存在が、
まだ一度も並んだことすらないはずなのに、
いつの間にか、頭の片隅から離れなくなっていた。
まだ、勝負は始まっていない。
でも――
確実に、
そのスタートラインには近づいている気がしていた。


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