EP09:勝ちパターンにハマった夜 ― そして「負け」から学んだこと
Chapter 1:勝ちパターンにハマった夜
その頃の俺には、もう「勝ち方」があった。
登りは捨てる。
下りで仕留める。
それだけで、ほとんどの相手に勝てた。
AE86は、これまでで一番軽く感じた。
ブレーキングポイントも、ステアリングを切る角度も、
すべてが体に染みついていた。
――ただ、このときの下りは、タイヤがスピードに負けていた。
ほんのわずかに後輪がスライドする。
俺はそれを抑えるために、微妙にカウンターを当てるようになっていた。
考える前に、体が動く。
ブレーキを踏むタイミングも、
ハンドルを切り始める瞬間も、
もう頭で考える必要がなかった。
「運転している」という感覚すら薄れていた。
俺は、AE86と一体になっていた。
夜な夜な峠に通い、
勝って、
また勝って、
そのたびに、俺の中の何かが少しずつ膨らんでいった。
――無敵だ、という錯覚が。

Chapter 2:EG6が“噂”から“現実”になった夜
EG6の話は、ずっと前から聞いていた。
黒のシビック。
給排気系のチューニングのみ。
ロールバーが入っている。
登りも下りも異様に速い。
でも、それまではただの噂話だった。
その夜までは。
峠の頂上付近のUターン地点で、EG6を見つけた。
街灯に照らされた黒いボディは、
やけに低く見えた。
「……あいつか」
EG6が、静かに下り始める。
低く乾いた排気音。
アクセルに合わせて鋭く立ち上がる吸気音。
それを聞いた瞬間、
背中に冷たいものが走った。
俺は、その後ろを追った。
Chapter 3:勝てない後追い
下りのコーナー、2つ目までは互角だった。
ブレーキも、ラインも、
いつも通りの感覚で走れていた。
――3つ目のコーナーから、EG6の様子が変わる。
一気に加速し、
そのままコーナーを旋回していく。
「……速い」
思わず声が漏れた。
俺は焦り始める。
自分が速くなっている自覚はあった。
それでも――追いつけない。
次第に距離は開いていった。
コーナーを立ち上がるたびに、
テールランプが少しずつ遠ざかる。
結局、追いつけないまま、1本目の後追いは終わった。
ハンドルを握る手が、汗で滑っていた。
Chapter 4:先行しても、引き離せない
――まだ行ける。次は全開で行く。
今度は先行で引き離してやる。
峠の頂上付近のUターン地点で、AE86を停めてハザードを点けた。
エンジンの振動が、
シート越しに伝わってくる。
AE86の後ろに、EG6が並んだ。
「……さぁ、行こう」
俺が先に下り始める。
EG6は少し距離を開けて発進した。
1コーナー分は離れていた。
「舐めやがって……このまま引き離してやる」
そう呟いて、全開で下っていく。
次の瞬間――
ルームミラーの中に、EG6のヘッドライトが現れた。

一気に距離を詰めてきた。
ありえない距離感だった。
「……嘘だろ」
言葉が、勝手に出た。
べったり後ろに付けられたまま、峠を下っていく。
下りで、
これだけ詰められるはずがない。
そう思った瞬間、
胸の奥に、久しぶりの感覚が走った。
――怖い。
久しぶりに感じる、恐怖だった。
Chapter 5:完敗
結局、引き離すどころじゃなかった。
下りの最後まで、べったりと後ろに付かれたまま終わった。
EG6は、そのまま峠の下のUターン地点で止まらず、
そのまま下って帰っていった。
テールランプが見えなくなっても、
俺はすぐにアクセルを抜けなかった。
「……今日はもうやめとこう」
これは、無理しちゃいけない夜だ。
走り終えて、
峠の脇の駐車スペースにAE86を止めた。
エンジンを切ると、
耳鳴りみたいな静けさが残った。
さっきまで聞こえていた排気音が、
まだ頭の中で反響している気がした。
ハンドルを握った手が、
まだ小さく震えていた。
膝も笑っていた。
心臓も、なかなか落ち着かなかった。
真っ暗な峠の道をフロントガラス越しに見つめながら、
俺は小さく呟いた。
「……完敗だ」
この夜が教えてくれたこと
この夜で、俺の中の何かが変わった。
それまでの俺は、繰り返せば成長できると思っていた。
同じ下りを何度も走り、
同じブレーキングポイントを磨き続ければ、
いずれ「無敵」になれると。
――でも、違った。
俺は成長していたんじゃない。
たまたま通用していた「勝ちパターン」を、
ただ洗練させていただけだった。
EG6は、AE86を倒したんじゃない。
俺の“考え方の限界”を暴いた。
勝ち続けたせいで、俺は居心地のいい場所に座っていた。
そして、その快適さが俺を盲目にした。
この夜、はっきり思った。
本当の成長は、「勝ちパターン」が崩れた瞬間から始まる。
峠文化の“現実”
当時の俺たちは、リスクを深く考えていなかった。
でも今はわかる。
あの夜がどれだけ危険だったか。
公道はサーキットじゃない。
技術で物理は消せない。
そして、プライドは結果から守ってくれない。
俺は運が良かった。
本当に、運が良かった。
なぜ今この話を書くのか
これは車の話だけじゃない。
「パターン」の話だ。
成功が、人を静かに閉じ込めてしまうこと。
敗北が、いちばん大事な教師になること。
峠は、ただの舞台だった。
本当の勝負は、いつも自分の中にあった。
このストーリーは実体験に基づく過去の記録です。危険行為を肯定・美化する意図はありません。
このブログのスタンスと、なぜこの物語を書いているのかについては、こちらにまとめています:


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