Episode 06:初めて「走る側」に立った夜
2026.01.02
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Episode 06:初めて「走る側」に立った夜
高校を卒業して、環境が変わった。 時間の使い方も、気持ちの持ち方も、少しずつ変わっていった。
免許はもう持っていた。 クルマもある。 AE86は、毎日磨き、毎日乗っていた。
それでも、峠に向かう決断だけは、どこか先送りにしていた。
走ることが、 ただの遊びではないことを、 見てきた時間が教えてくれていたからだ。
峠に行くなら、 人が少ない時間がいい。
それは最初から決めていた。
走り屋が多い週末の夜は避け、 選んだのは
平日の夜明け前だった。
当時すでに知っていた。 この時間帯なら、峠に集まる走り屋はほとんどいない。

夜明け前の峠入口。走り出す直前の緊張。
理由は単純だった。
初めて走る峠で、 他の走り屋の邪魔になりたくなかった。
自分がどれくらい走れるのか、 どれくらい怖がるのか、 どれくらい何もできないのか。
それを、 誰にも見せずに確かめたかった。
その夜も、特別な日ではなかった。
誰かに誘われたわけでもない。 イベントがあったわけでもない。
ただ、 「今日は行く」 そう思っただけだった。
エンジンをかける。 4A-Gの音が、いつもより静かに聞こえた。
空はまだ暗く、 街灯だけが道を照らしていた。
峠の入口に差し掛かったとき、 一瞬、ためらいがあった。
これまで何度も通ってきた道なのに、 その朝は、まったく違って見えた。
助手席は空いている。 話し相手もいない。
ハンドルを握っているのは、 自分ひとりだった。
最初のコーナーに入った瞬間、 頭で思い描いていた走りは、簡単に崩れた。
速くない。 むしろ、怖かった。
視界は狭く、 ブレーキの感覚は想像よりも重い。
漫画のように、 自然に流れる走りは、そこにはなかった。
「これは、簡単じゃない」
その事実だけが、 はっきりと突きつけられた。
それでも、引き返そうとは思わなかった。
アクセルを戻し、 ブレーキを早めに踏み、 慎重に、一つひとつ曲がっていく。
速さはない。 格好よさもない。
ただ、 「ここに来た」 という事実だけが、そこにあった。
走り終えたあと、 達成感はなかった。

エンジンを止めた車内。静けさだけが残った。
代わりに残ったのは、 妙な静けさと、重さだった。
「始まってしまった」
そんな感覚だった。
もう、 見ている側には戻れない。
この先は、 走る側としての時間が始まる。
あの夜明け前の走りは、 決して上手くも、速くもなかった。
それでも、 自分の中で何かが、確実に切り替わった夜だった。
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